マツキタツヤ氏の報道を受けて思ったこと

ずうっとジャンプを購入し続けている僕ですが、連載している作品の中で唯一コミックスを購入していたのが「アクタージュ」。
少年漫画としては珍しい演劇という舞台で主人公の夜凪景が才能を開花させていくストーリーで、少年漫画らしい熱さもあって大好きな漫画だった。
ジャンプの中でも少なくとも中堅と呼ばれる作品だったでしょう。
今年、舞台化も決定していて、そろそろそちらも動き出すんだろうな、という雰囲気だった。
そんな「アクタージュ」の原作であるマツキタツヤ氏が強制わいせつ容疑で逮捕された。

容疑も認めているようで、ツイッターなんかでは、「打ち切りか?」と不安な声がたくさん。

https://www.oricon.co.jp/news/2169081/full/

「作品に罪はない」。
それはまさしくそうなんでしょう。
親が犯罪者だからと言って子にも罪があるなんて考えは絶対にあってはいけない。
「親=創作する人」と考えると、作品は子ってことになる。

それに、原作者は当然のように中心人物のうちの1人ではあるが、他にもたくさんの人が関わっている。
「アクタージュ」のように、作画が別にいる場合じゃなかったとしても、編集はもちろん、装丁や広報、舞台化のスタッフもたくさん。
そんな人々の想いや、もちろん(僕を含めて)楽しみに読んでいた読者の想いも無視していいものではない。
特に「アクタージュ」であれば、編集やその他の原作者をつけて連載を続けることもできるでしょうし、マツキタツヤ氏が続けることだって可能ではある。

でも、「作品に罪はない」からと言って、果たしてそれでいいのだろうか。
もちろん、被害者の気持ちを第一に優先すべきであるが、そこはあまりにナイーブな問題なのでそこ以外での罪と罰について思うことを。

罰というのは、罪を犯した代償ではない。
罰は罪を抑制するためになければいけない。
と思う。

創作する者にとって、「創作したものを奪われる」、「発表の場を奪われる」というのは大きな罰であることは間違いない。
そのことで、一件でも犯罪が減るなら、1人でも被害者が減るなら、罰をしっかりと与えるべきなんだろうと思う。

そう思うけど、もしも「アクタージュ」が打ち切りになったら残念だな。
とてもとても、残念だな。

創作する人。
特に僕の好きな作品を創作する人。
人格者でなくてもいいけど、常識を持っていて欲しいな。