綾瀬まる「やがて海へと届く」

東日本大震災から今年で10年。
この10年で、他にも不幸なことはあったし、去年から続くコロナ禍の騒動もあってだんだんとあの日のこと、あの日からのことが語られる回数というのは減ってきている。
僕自身もやはりなんとなくあの日がどんどんと過去のものになっていっているのを感じる。
それでも、時々あの日揺れていた電信柱や、テレビで見た風景、スマホの画面でみた風景や職場から歩いて帰った風景なんかを思い出してしまう。

あらすじ

すみれが消息を絶ったあの日から三年。真奈の働くホテルのダイニングバーに現れた、親友のかつての恋人、遠野敦。彼はすみれと住んでいた部屋を引き払い、彼女の荷物を処分しようと思う、と言い出す。親友を亡き人として扱う遠野を許せず反発する真奈は、どれだけ時が経っても自分だけは暗い死の淵を彷徨う彼女と繋がっていたいと、悼み悲しみ続けるがーー。
引用:出版社より

ネタバレありの感想

物語は違う「私」が交互に語っていく。
読み始め奇数章の「私」と偶数章の「私」が別の人物という認識もいまいち持てず、偶数章はやけに詩的(で少しグロテスク)な表現でそれが「夢」なのかなんなのか、もわからないまま進んでいく。
だけど、読み進めていくうちに偶数章の「私」の姿がだんだんと形づいてきてしまい、そうすると今までの詩的な表現に意味が持たされてしまい、悲しく、辛く読み進めていくことになる。

本書「やがて海へと届く」は、震災によって友人を失った主人公の再生の物語。
震災を描いている限りどうしても、辛く苦しい場面は多い。
だけど、物語の最初から、なんとなく見えている光。再生の物語だということは信じられる。
そこを目指して読み進めていくのはとても気持ちの良い体験だった。

印象的で象徴的な描写がとても良く、初読みの作家さんだったんだけど、他のも楽しみだ。

2021年 年間ベスト

  1. 綾瀬まる「やがて海へと届く」
  2. 星新一「天国からの道」
  3. 折原一「灰色の仮面」
  4. 大村あつし「エブリリトルシング」