金原ひとみ「星へ落ちる」

連作短編集とは言うものの、一つ一つに短編感は少なく長編ととらえていいんじゃないだろうか。
恋愛小説ではあるが、恋の喜びや官能的な性描写などは全くなく、不安しかない。
それでもどこか低めの温度が心地良く、読み後心地は爽やかさすら感じた。
良き良き。

あらすじ

彼には同棲している男がいる。私は彼が来てくれた時に迎え入れればいいだけで、彼を望む権利などない―(『星へ落ちる』)。彼の彼氏に嫉妬する『私』、彼に女の影を感じて怯える『僕』、出て行った彼女を待ち続ける『俺』。相手を愛おしいと思えば思うほど、不安で押し潰されそうになってやり場のない感情に苦しんでしまう男と女と男を、それぞの視点から描き出した切ない恋愛連作短編集。
引用:楽天ブックス

感想

この小説の登場人物に名前は無い。
そもそも主な登場人物が男3人と女1人の合計4人で、『私』や『僕』、「彼」や「彼氏」、「馬鹿女」などそんな表現で充分表せてしまう。

5編(というか5章)で構成されており、
「星へ落ちる」では『私』視点。「僕のスープ」では『僕』視点。
「サンドストーム」ではまた『私』視点に戻り、「左の夢」では『俺』に変わり、最後の「虫」ではまた『私』で小説は終わる。

『私』から見ると小説の後半まで『僕』である『彼氏』の名前も知らないままだし、『僕』も『私』である女を名前を知らないからこそ『馬鹿女』と呼ぶことが出来る。
完全な第三者である読者も登場人物の名前を知らないため、同じ視点で見れるのがとても良き。
それぞれ登場人物の外見の描写のタイミングも本当に見事で、『私』の姿が僕らにしっかりと見えてくるのは小説後半の『俺』の想い出から。
と叙述トリック的な技法で少しづつこの物語の輪郭が見えてきた所で終わってしまう。
小説は終わっても物語は続くことをはっきりと感じられる見事なラストですね。

食べ物の扱いもとても象徴的で、「僕のスープ」で『僕』が作った食事を彼に食べてもらえない上、彼と女がラーメンを食べているシーンを目撃してしまう。
一方「虫」では『私』は摂食障害になってしまい、どうやら彼は彼氏とイタリアンレストランでしょっちゅう食事をしているようだ。
「左の夢」での『俺』は、借金のため満足に食事が出来る環境ではなく、夜寝る前に昔の彼女の握ったおにぎりのことを毎晩のように想い出している。
きっと食事と性行為を結び付けて書いていて、常に視点人物はどっちも上手くいっていない。
それがきっと”落ちる”ってことなんだろうな。

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