井上夢人を読む時に、どうしても岡嶋二人レベルの作品を期待してしまい、毎回少し期待よりも下回る感じがある。
そんな中本書はよかった。ミステリーというよりはホラー成分が多めなせいなのか、裏切られたというよりは、うまく”おとしあな”に嵌められた感じが心地よい。
良き。
全体的にサスペンス的な怖さがあるものの、グロさや気持ち悪さっていうのは全然ないのでとても読みやすい。
時代を感じる設定なんかはあるものの、それでも綺麗に描き切っていて見事。
各編の冒頭に、執筆時のエピソードなんかも掲載されていて、それもなかなか興味深い。
巻末では大沢在昌との特別対談もあり、これもすごく良き。
幻の名作「あわせ鏡に飛び込んで」をはじめ、瞬間接着剤で男をつなぎとめようとする女が出てくる「あなたをはなさない」、全篇、悩み相談の手紙だけで構成されたクライムミステリー「書かれなかった手紙」など、選りすぐりの10篇を収録。精緻に仕掛けられた“おとしあな”の恐怖と快感。
引用:楽天ブックス
ミステリー成分が弱めではあるけど、謎解き要素などもあるので一応ネタバレ嫌な人はご注意。
本当にどれもコンパクトな中にギミックや落とし穴がしっかりとあって、オチはどれもヒヤっとするような優れた短編ばかりなんだけど、その中でも気になったものをいくつか。
男と別れたくなくて、瞬間接着剤で手と手をくっつけてしまう女。
ここからどう話が展開していくのかと思ったら、男のもう片方の手で自分の鼻と口を塞いでしまうという、驚異的な自殺。
ヤンデレ的な女が迷わずこんな行動に出れたことの恐ろしさと、男の未来を縛り付ける行動力。
怖い。
大金が運び込まれたビルのガードマンが同僚のガードマンをスケープゴートとして大金を奪う。
都合よく同僚がふざけて書いた遺書が手に入ったり、地下室を埋める予定の別荘に行く予定が立ったりなど、主人公に対してやけに都合がいいと思ったら・・・
完全犯罪かと思いきや短い物語の中で二転三転する構造が見事だし、緊迫感あるまま最後まで。
妻と同僚に裏切られていた、というオチもとても良き。
手紙のやり取りのみで構成されたミステリー。
たった一文字から謎を解決してしまう見事な安楽椅子探偵。
これは気づけない。
『遥一からこんな手紙がくることが不自然』という、小説的なメタ構造を推理の材料としてしまう、メタを逆手にとった推理。ずるい。楽しい。
本当に他のもどれもなかなか良き短編ばかり。
「あわせ鏡に飛び込んで」も謎解き部分が不要なだけでそれまでの話の展開なんかはすごく楽しい。
これまで僕が読んだ井上夢人のベストな1冊であることは間違いない。
良き。良き。