大好きな辻村深月の文春文庫もの。
個人的にはやっぱり辻村深月は講談社が最高だな。
とは言え、さすがの辻村深月。良き。
作家と出版社の関係ってどういうものなのか全然知らない世界なんですけど、辻村深月は出版社によって作品の性質が大きく違っている気がする。
講談社ものだと、世界観を繋げているのでそのせいももちろんあるけれど、作品内のことだけではなく、辻村深月の作家性の現れ方がはっきりと違っている。
そうすると、講談社から入って講談社でどっぷりと辻村深月を好きになった僕にとっては、本書は「辻村深月っぽくない」と思ってしまう作品。
でも、僕はそんな「あなたっぽくない」とか「お前らしくない」とかそういう台詞が嫌いなことを思い出して自己嫌悪に陥ってしまう。
そういった点でもやっぱり琴線に触れてくる。
村も母親も捨てて東京でモデルとなった由貴美。突如帰郷してきた彼女に魅了された広海は、村長選挙を巡る不正を暴き“村を売る”ため協力する。だが、由貴美が本当に欲しいものは別にあった―。辻村深月が描く一生に一度の恋。
引用:楽天ブックス
本書でまず、特筆すべき点は主人公の名前だ。
辻村深月は叙述トリックを得意とすることもあって名前の付け方にこだわりをもっているだろうし、実際、いつも素晴らしいネーミングセンスだと思う。(「名前探しの放課後」なんて小説まで書いているくらいだし。)
主人公の名前が「広海」。
このネーミングをした時点の本書の価値はすごいものになっている。
湖のある閉鎖的な小さな村に生まれて「広海」。
もっと外を、広い外の世界を見て欲しい、知って欲しいって願いがこもっているに決まっている。(出て行って欲しいとまでは思っていないかもしれないが)
名付けたのが、母親か父親か、きっと父親だと思うんだけど、その父親の気持ちを思うと、ラストあたりのゴタゴタも少し違った風景に見えてくる。
それでも、喪失感・無力感は大きすぎる。
たくさんのことを間違えて、罪を犯しすぎた広海と由貴美にはもちろん罰が必要だ。
罪に対して罰が大きすぎるということはないんだろうけど、ここで終わればある種のハッピーエンドとして捉えられるようなシーンはあった。
だけど、そこで物語は終わってくれない。
より残酷で、より明確な罰を2人に与える。
本書のキーマンとなるのは達也だろう。
それまで、どうしようもなさそうな人物として描かれていた達也が村(広海)を守ろうとしていた点や、家政婦の英恵はいなくなった達哉を必死に探していた点などを見ると、広海の母親である美津子が「話してみるとそんなに悪い子じゃない」の評が当たっていたのかもしれない。
達哉が犯した罪は大きいし、そのせいで村での居場所がないのも仕方ないと言えるのかもしれないが、それでも友達だと本人は思っている広海から見た達哉ですらあのような描かれ方をされているのが、不憫ではある。
様々なキャラクターや村の罪と罰。
難点があるとしたらもっとセックスをちゃんと書いて欲しいと思った。
あと、すごくくだらないことを言うと、表紙のイヤホンがインナーイヤー型なのが違和感。