2012年の直木賞受賞作、辻村深月の「鍵のない夢を見る」。
「犯罪」「田舎」「女性」の3つのテーマに基づいた短編集。
そのどれもが必要不可欠な要素となっている。
辻村深月が技術にこだわったんじゃないかと思われる1冊。
文章力がすごい。見事に上手。
男女の違いとか区別とか差別とかはすごく難しい問題で主観的な視点が重要視されるべき事柄なのに、世間では俯瞰的に見なければいけないと思われていて、語れるだけの語彙を持ち合わせていないので避けて通りたいのですが、こういう小説を読むとやはり男性と女性は違う生き物だと思わされる。
「鍵のない夢を見る」は辻村深月が”女性だから”書けた小説だ。
個性というのは男女の違いよりも、個人個人の性質の方が重要な問題なので、この仮定自体がナンセンスで的外れなんだろうけど、もしも辻村深月が男性だったらこの小説は生まれてこなかっただろう。
それだけ、女性であることが、女性からの視点であることが、母であることが、母の視点が生々しく読んでいると、ここまで覗いてしまっていいのかと不安な気持ちになる。
というのが男である僕の率直な感想。
わたしたちの心にさしこむ影と、ひと筋の希望の光を描く傑作短編集。5編収録。
「仁志野町の泥棒」誰も家に鍵をかけないような平和で閉鎖的な町にやって来た転校生の母親には千円、二千円をかすめる盗癖があり……。
「石蕗南地区の放火」田舎で婚期を逃した女の焦りと、いい年をして青年団のやり甲斐にしがみ付く男の見栄が交錯する。
「美弥谷団地の逃亡者」ご近所出会い系サイトで出会った彼氏とのリゾート地への逃避行の末に待つ、取り返しのつかないある事実。
「芹葉大学の夢と殺人」【推理作家協会賞短編部門候補作】大学で出会い、霞のような夢ばかり語る男。でも別れる決定的な理由もないから一緒にいる。そんな関係を成就するために彼女が選んだ唯一の手段とは。
「君本家の誘拐」念願の赤ちゃんだけど、どうして私ばかり大変なの? 一瞬の心の隙をついてベビーカーは消えた。
引用:楽天ブックス
「芹葉大学の夢と殺人」なんかは短編として見事なホワイダニットものなので、一応ネタバレ注意ということで。
あくまで短編集で、それぞれの話に相関関係は全くない。
連作短編集がやたらともてはやされる昨今だし、実際僕も連作もの好きなんだけど、こういう切れ味鋭い短編集を読まされると、短編集の醍醐味はこういったものだよな。と、思わされる。
回想シーンへの入り方がとても上手。
読了後に冒頭のバスのシーンをもう一度持つと最初に読んだ時とは全く別のシーンとなる。
このシーンがあるだけで、この短編の価値が何倍にもなっている。
子供の残酷さと大人の残酷さは別のものなんだな。
興味深いのは、5つの短編のうち、子供の視点で描かれたこれが一番すんなりと読み解ける。
子供時代には男女の差はあまりないのかもしれない。
僕もヒーローになりたいから、大林のことは笑えない。
だから、笙子のことも笑わない。
心がざわつく一編。
この短編集で一番のエンタメ作品。
男がイメージする女同士のアレコレからほつれていく美衣の不幸な話。
本当に女の子同士ってこんなんなの?
もちろん、グループによる、ってのはわかってるけど。
推理するためのものではないけど、ホワイダニットものとして最高に面白い。
それを真犯人(という表現をしてしまおう)からの視点で描いているのが見事。
雄大の夢が医者だけではなく、サッカー選手も足したことによって雄大のキャラクターが強固なものになってるし、そこが未玖との関係をも表している。その点も見事。
この話だけ毛色が少し違う。
「犯罪」が無い。
しかし、他4つの短編全ての重要なキーワードとして「犯罪」が絡んできたことを考えると、「君本家の誘拐」にも犯罪はあるはずで、それは素直に受け取れば「勘違いの誘拐」なんだろうけど、母になった辻村深月が書くなら「目を離したこと」ということにしたいんじゃいかな、なんて思う。
しかし、母親が健やかに生きていくことは、子供のためでもあるし、「犯罪=悪」ではなく、「ところどころで息抜きをしよう」とか「周りもちゃんと支えてあげよう」とかそんなすごく当たり前のことを言いたいんじゃないでしょうか。
心がざわつく短編集。
文章力がすごいことになっていた。